朱宗震の『1948年の憲政施行に対する蔣介石の反省』を詳しく読むと、1946年から1948年にかけて中華民国の憲政が準備から施行へと至る過程で、蔣介石が抱いた誠実な品徳、苦しみ、そして後悔を真に感じ取ることができる。中国をマルクス・レニン主義の文化的植民地にさせないため、半生を賭けて戦ったこの中華の英雄は、自らが守ろうとした中華民国の遺民の子孫たちに今なお「売国奴」と罵られている。その無念さは、まさに竇娥の冤罪以上である。
1947年2月28日当日は、本省人による暴動が発生し、外省人が殺害された事件でした。当時の報道では、『この一日で台北城のいたるところに外省人の遺体が横たわっていた』と伝えられています。
2025年3月1日 日中戦争(抗日戦争)において、中国は勝利後に賠償金を受け取ることはありませんでした。ただ、日清戦争で結ばれた下関条約を破棄させることで、本来自分たちのものであった台湾と澎湖を取り戻しました。これを『台湾光復』と呼びます。
2020年10月24日 歴史教育における『課綱微調(指導要領の微調整)』論争の本質に迫る評論です。国号が中華民国である以上、歴史は中華民国の視点から書かれるべきであり、台湾という『土地』の視点のみに固執するのは政治的な偏りであると主張。慰安婦の『強制的』性質の明記を支持し、事実を隠蔽せず真実に向き合うことの重要性を説いています。また、国家アイデンティティの欠如が台湾の国力衰退を招くことへの強い懸念を表明しています。
2015年8月3日