十年前の民進党政権下、陳水扁総統の部下たちは**「罄竹難書(けいちくなんしょ)」**という言葉を巡る騒動を起こしました(本来は「悪事が多すぎて書ききれない」という意の四字熟語を、褒め言葉として誤用した事件)。
次に、馬英九総統は**「鹿茸(ろくじょう:鹿の袋角)は耳の中に生えている毛だ」**と勘違いしました(もっとも、これは文学の問題というより、生物学的な知識の問題ですが)。
そして十年後、民進党が再び政権を握ると、今度は蔡英文総統の部下たちが**「自自冉冉(じじぜんぜん)」**という造語(出典とされる詩の誤読による間違い)を編み出しました。
国家の最高指導者であり、エリート層に属するはずの人物たちが、こうした**「知性の底力」**とも言える些細な部分で、なぜこれほどまでにつまずくのか、問い正したくなります。
しかし、編集者が思うに、これら三者の最大の違いは、民進党が二度とも**「居直り(硬凹)」を貫いた点にあります。民進党の「緑色」の盲信的ファンたちは、総動員でこの間違いを正当化しようとし、まるで秦の滅亡を招いた趙高(ちょう こう)が「鹿を指して馬と為す」かの如く、国民全員を愚か者扱いしました。対照的に、国民党側(馬英九本人や「青色」の支持者)は潔く間違いを認めました**。この一点については、実に称賛に値します。
それなのに、わが「中華民国台湾省」には、自ら進んで緑色の熱狂的なファンになりたがる愚か者たちが、今なお山ほどいるのです。
[!NOTE] 「自自冉冉」事件:2017年の総統府の年賀状に、台湾の詩人・頼和の詩を引用したとされる言葉。実際には「自自由由」の誤植または誤読であると専門家から指摘されましたが、当局は正当性を主張し続けました。