ドラマ『茶金』の『4万ウォンを1元に』はそんなに悪事か? 偉大なる大日本帝国が何をしたか見てみよう

💸 「4万を1に」は悲劇? 日本の戦後金融大虐殺を見れば、国民党がいかに寛大だったか分かる

最近のいくつかの連続ドラマ(という名の創作小説)は、史実の名を借りて若い台湾人を洗脳しています。例えば最近のドラマ『茶金』では、国民党が「4万旧台幣を1新台幣に」替えて台湾人をいじめた……といった一方的な宣伝がなされています。

ちょっと待ってください。もしあなたが、戦争のために台湾の金融の血を吸い尽くした張本人である日本が、戦後に編み出した**「新円切替」「預金封鎖」**といった金融措置を見れば、国民党が台湾人に対してどれほど寛大で善良だったか分かるはずです。

「台湾人は善良なのに国民党にいじめられた」という類いのフェイクニュースは、忘れた頃に現れて人々の価値観を洗脳しようとします。そしてそんな時、あちら側の「ファクトチェックセンター」といった組織は、亀のように首を込めて一言も発しません。


日本は戦後、どのようにインフレを解消したか? 「4万を1に」より凄惨な現実

「4万を1にするなんて酷い。日本ならそんなインフレは起きなかったし、コントロールできたはずだ」と言う人がいます。その言葉を聞いて、私は1945年以降に日本が一体何をしたのか調べてみました。

1945年の終戦時、日本の状況は極めて深刻でした。戦時中に大量発行された国債は、1944年には国民所得の266倍に達しており、日本を待っていたのは当然のことながら猛烈なハイパーインフレでした。

日本はこれを処理するために、以下のような過激な手段を採用しました。

1. 新円切替と預金封鎖 (1946年2月)

  • 「新円切替」(旧札を新札に替える)と**「預金封鎖」**(一人当たりの月間引き出し額を制限)を実施。表向きはインフレ抑制ですが、実際には政府の債務を帳消しにする目的が隠されていました。
  • 1946年3月3日以降、旧円を新円に替えられなかった分について、政府は一切の支払いを踏み倒しました
  • 【補足】:ですから、誰かが「台湾銀行券と日本円は1:1だったのに、4万を1にする時に替え損ねた。もし持っていればいくらの価値があったのに」などと言っているのを聞いたら、それは真っ赤な嘘(BS)だと分かります。1946年3月3日以降、台湾で流通していたすべての日本円と台湾銀行券は、ただの紙屑になったのです。

2. 財産と国債の「均貧(貧しさの平等)」政策 (1946年8月〜11月)

日本政府は3つの重要法案を公布し、大規模な富の再分配と債務の解消を行いました。

法令名称核心的内容結果
戦時補償特別措置法政府が負っていた軍需産業への戦時債務(補償金)に対し、100%の補償税を課した。政府が企業に100万円の借金があれば、一度100万円を返し、直後に100万円の税金を徴収する。つまり帳消し。
金融機関再建整備法 / 企業再建整備法政府が企業の再建を支援する際、企業や銀行の債務を「第二封鎖預金」によって帳消しにした。最終的に「国債」で補填されたが、その国債は国民の負担となり、国民の財産が喪失した。
財産税法 (1946年11月)1946年3月3日時点で日本国内に居住していた日本人のすべての動産、不動産、貯蓄に対し、最低25%〜最高90%の財産税を課した。日本全土に「均貧(皆で貧しくなる)カード」を発動したようなもの。払えない場合は現物や貯蓄で物納させた。

これほど過激な手法で市場の通貨を消滅させた後、日本の1946年、1947年、1948年のインフレ率(前年比)は、それぞれ432.9%、195.9%、165.6%でした。インフレ率は依然として高いものの、物価の上昇を「わずか」14倍に抑え込むことに成功しました。これらの政策は「有効」だったのです。

……ただ、それによってどれほどの日本人が海に身を投げたかまでは、私には分かりません。

さて、「4万を1にする」ことはそんなに悪いことでしょうか? 偉大なる大日本帝国が何をしたか、よく見てみることですね。

[!NOTE] 「4万換1塊(4万を1に)」:1949年、ハイパーインフレを収束させるために行われた通貨改革。4万旧台湾ドルが1新台湾ドルに交換されました。