最近、またFacebookなどで**「クリエイティビティ(創意)こそが王道だ。それさえあれば、私たちは世界に立っていける」**という類の謬論を叫ぶ者がいます。その目的は、伝統産業をおとしめることや、強大化する中国大陸に対抗することにあり、「自分たちにはクリエイティビティがあるから世界に勝てる」と思い込んでいるのです。
そもそも、このような陳腐な決まり文句を口にすること自体、その人物が最もクリエイティビティに欠けている証拠です。耳にタコができるほど聞かされてきましたが、彼らは世界を覆すような自慢できる実績を何一つ示せていません。
口先だけは一流ですが……。
クリエイティビティがないからこそ、そんな「神頼み」のようなスローガンを唱える羽目になるのです。
クリエイティビティが王道であるという考え方は、一つの始まりであり、過程であり、結果であるべきです。決して、あなたが熱狂的に拝むための**「ご神体」**であってはなりません。それでは単に、狂信的な対象を別の偶像に移し替えただけに過ぎないのです。
もし本当にそれほどのクリエイティビティがあるのなら、背中の翼はとっくにあなたを想像もつかない高みへと運んでいるはずです。その乾ききった喉から、これほどまでに弱々しく、かすれたうなり声を漏らしている暇などないはずですから。
[!NOTE] 「創意為王」:クリエイティビティ(創造性)こそが最大の価値であるとする考え方。著者はこれが、地道な努力や産業基盤を軽視する言い訳に使われている現状を批判しています。迫