国家安全局の監視論争:戒厳令という『神主牌』を持ち出す蔡英文の政治工作
選挙日が近づくにつれ、国家安全局(国安局)による監視活動が暴露されました。私たちのFacebookなどのSNS上での言動が、一挙手一投足に至るまで国安局の情勢監視の対象となっていたことが明らかになったのです。
この事態が発覚するやいなや、蔡英文総統は即座に「決して戒厳令の時代に戻ることはない」と釈明しました。……え?
国安局に対しても総統に対しても、頭の中は「?」マークでいっぱいです。**私たちが問うているのは「国安局による監視の適法性」**であって、戒厳令の話ではありません。それなのに蔡総統は、ここぞとばかりに「戒厳令」という負の遺産を持ち出して反論に利用しました。彼女の頭の中こそ、常に「戒厳令」に支配されているのではないかと疑ってしまいます。
この一点から、蔡英文氏がいかに戒厳令という過去の法律を、政治闘争の道具として利用し続けているかがよくわかります。
民進党はさらに、この件を「白色テロ」という負のイメージに結びつけようと腐心しています。かつての台湾において、大陸の共産スパイや日本軍国主義の残滓による陰謀が渦巻く中、戒厳令が必要悪として存続の道であった事実を完全に無視しているのです。
蔡英文氏と民進党に少しでも勇気があるなら、今すぐ立候補した議員たちに命じて「戒厳法」そのものを廃止させてみたらどうでしょうか。今すぐに!
そもそも戒厳令とは、国家が重大な危機に直面した際の最終手段です。その本質は国家の存続をかけ、国民が安らかに暮らせる生活を守るためのものです。
『戒厳法』第一条を読めば、その法律自体の厳格さと必要性がうかがえます。「戦争または反乱が発生し、全国または特定の地域に戒厳を施行すべき場合、総統は行政院会議の議決、立法院の通過を経て、本法に基づき戒厳を宣告し、または宣告させることができる。」
たとえ宣言されたとしても、『戒厳法』第11条で認められている国家の公権力は「郵便物や電報を開封し、必要な場合はそれを留置し、または没収することができる」とあるのみです。つまり、法律が改正されない限り、今この瞬間に戒厳令が敷かれたとしても、国安局がネット上のコミュニティを監視する権限を戒厳法から得ることはできません。
国家元首が今、あえて戒厳令を持ち出すのは、単に国民を威嚇するためでしかありません。
国家に危機がなければ、戒厳令は自ずと存在しません。戒厳令それ自体は、最も迅速で効果的な対抗措置なのです。70年代に世界的な緊張が緩和されるとともに、台湾も自然な流れで解厳(戒厳解除)へと向かいました。戒厳令の存在理由は国民の監視ではなく、敵国から国民を守ることにあったのです。
実際、第一次世界大戦から第二次世界大戦終結、そして米ソ冷戦期に至るまで、多くの国々が多かれ少なかれ戒厳に近い政策を採っていました。あえて言うなら、戦時中に日本が捕らえ、殺害した数の方がはるかに多く、それはもはや戒厳令の域を超えた、純粋な軍国主義による冷血な戦争行為でした。
台湾がかつて戒厳令を敷いたのは、共産党の侵略を防ぐためでした。しかし民進党の口からは、当時台湾を守ったはずの戒厳令が、あたかも諸悪の根源であるかのように語られます。
もし将来、共産党が再び台湾を占領しようと準備を始め、大量の共産スパイや「台奸(売国奴)」を社会に浸透させたなら、蔡英文氏は誰よりも早く戒厳を宣言するかもしれません。
以下に、溜飲を下げるための滑稽な「打油詩」を。皆さんも付け加えてみてください。
「国家元首を誹毀してはならない」 「国家元首の威信はすべて大陸の偽ニュースに壊された」 「国家元首はすべて国民に誤解されている」 「国家元首の心の一番柔らかい場所はやはり労働者である」 「国家元首はやはり国民が食卓を囲むのを受け入れている」 「国家元首はやはり謙虚に、謙虚に、さらに謙虚に」 「国家元首は国家安全のために、やむを得ず国民を監視している」 「国家元首……」 「国家元首の名は、蔡英文」
[!NOTE] 「國安局監控(国安局SNS監視事件)」:2018年、台湾の国家安全局が特定の政治用語を含むSNSの投稿を収集・監視していたことが発覚し、言論の自由を脅かすものとして批判されました。迫