どのような理由があろうとも、あなたが**『自自由由(じじゆうゆう)』や『自自冉冉(じじぜんぜん)』、あるいは『自自然然(じじねんねん)』について、いかに独創的な見解を持っていようとも。無理な理屈(硬拗)を捏ねる前に、まずは「原作者への敬意」**を学んでください。
原作者(頼和)が書いてもいないことを、蔡英文氏の**「神聖不可侵」**を守るために、なぜそこまで牽強付会(こじつけ)をして主君を庇い立てしなければならないのでしょうか。中でも最も酷かったのは、「淡水のジョリン・ツァイ」こと呂孫綾(ろ そんりょう)議員でしょう。彼女はこともあろうにこう言い放ちました:
「文学というものは、それぞれが自分なりの解釈を持てるものです」
無理に正當化しようとすればするほど、周囲の人間、そして原作者である頼和氏をも馬鹿にしていることに気づかないのでしょうか。「あなたの家の蔡主君」と「原作者」、一体どちらが大切なのですか?
「文学は各自の解釈がある」と言いたいのでしょうが、そもそも最初から**「文字を書き間違えている」**のです。読み解く以前の問題です。
ついでに言えば、学者の権威とはいつからこれほど使い勝手の良いものになったのでしょうか。学者の肩書きを傘に、原作者の理念をねじ曲げるような発言をする。そんな人が果たして「学者」と呼べるのでしょうか。詐欺師にまんまと騙される学者が世間に溢れていることも、忘れてはなりません。
[!NOTE] 「自自冉冉(じじぜんぜん)」:2017年、蔡英文総統府が春聯(旧正月の飾り)に使用した四字熟語。本来は台湾の詩人・頼和の「自自由由」の誤植であることが学術的に指摘されましたが、総統府側は「文学的解釈」として正当化を続け、大きな議論となりました。迫