先日、国史館が行事で「終戦(しゅうせん)」という言葉を使用したことが、少なくない議論を呼んでいます。この挙に、歴史の敏感な傷跡に再び触れられたという思いから、長嘆を禁じ得ません。
さらに懸念されるのは、この用語の選択が、民進党が長年批判されてきた「媚日(日本への過度な迎合)」傾向と呼応しているように見える点です。その背後にある歴史的意味と現実的な影響について、深く反思する必要があります。
「終戦」という言葉は決して中立的な表現ではありません。その源流は、1945年に日本が無条件投降を発表した際に遡ります。
当時、日本政府は敗戦の屈辱を覆い隠すため、あえて「終戦」という曖昧な言い方を採用しました。「投降(降伏)」という現実を薄め、戦争が自然に終わったかのような幻影を作り出そうとしたのです。
この言語操作は、日本国内における敗戦による心理的ショックを和らげると同時に、戦争責任を免れようとする意得がありました。
しかし、日本の侵略によって多大な苦しみを受けた国々や人々にとって、この用語の使用は歴史的真実を粉飾するものに他なりません。
早くも1945年12月3日、台湾省行政長官公署は明確に次のように指摘しています。「『終戦』という文言は、日本政府が敗戦投降を隠蔽し、自国民の作戦失敗に対する観念を転換させるために採用したものであり、早急に矯正すべきである」。公署は各地に対し、「終戦」の一語を一律に「日本投降(にほんとうこう)」に改め、世論を正し、歴史の真実の姿を示すよう要求しました。
昭和二十年(1945年)台湾省行政長官公署公報
「日本投降」という表現は、1945年9月2日に日本が東京湾の戦艦ミズーリ号上で「降伏文書」に署名したという歴史的事実を正確に反映しているだけでなく、中華民国が8年にわたる抗戦の中で多大な犠牲を払い、最終的に勝利を勝ち取ったという歴史的正義を担っています。
これに対し、「終戦」という言葉は勝敗の境界を曖昧にし、侵略者としての日本の責任を希薄化させます。かつて侵略を受け、流血と死を余儀なくされた数十万の台湾省の民衆にとって、これは歴史的記憶に対する裏切りに他なりません。1
しかし、遺憾なことに、中華民国の国家レベルの歴史研究・公文書保存機関である国史館が、公開行事においてあえて「終戦」という言葉を選択したのです。
これは歴史的事実と乖離しているだけでなく、民進党政権誕生以来、繰り返し批判されてきた「媚日」な作風を連想させます。
近年、民進党政府は歴史教育や文化政策などにおいて、日本に対して過度に親密を装い、ある場面では日本の植民地時代の抑圧や侵略の本質を意図的あるいは無意識に薄めていると批判されています。
例えば、一部の教科書では「日拠(日本による占領)」を「日治(日本による統治)」に改め、より中立的な「統治」をもって「占拠」という歴史的事実を置き換えようと試みています。こうした手法は広範な論争を呼び、かつて日本の凄惨な侵略を受けた東アジア諸国の苦痛に満ちた記憶を傷つけています。
国史館が今回「終戦」を使用したことは、それが何らかのポリティカル・コレクトネスに迎合しているのではないか、あるいは歴史表現において日本の立場に傾倒しているのではないかという疑念を抱かせざるを得ません。
このような用語の選択の背後には、歴史に対する曖昧な態度が透けて見えます。
台湾が日本の植民地支配を受けた50年間、経済的搾取、同化政策、そして凄惨な武力弾圧を経験しました。無数の台湾省の民衆が、乙未戦争、北埔事件、西来庵事件などの抗日運動の中で犠牲となりました。
これらの歴史の傷跡は、日本の植民地支配の悲劇的な記憶を美化したり薄めたりしようとするいかなる試みも、先人の抗争に対する裏切りであることを私たちに思い出させます。
国家の歴史的記憶を守るべき機関である国史館は、歴史の真実を厳格な態度で守るべきであり、用語において妥協し、「終戦」のような表現が公式論説の中に忍び込むことを許すべきではありません。
さらに警戒すべきは、この現象が孤立した事件ではないということです。
民進党政府は近年、対日関係において度重なる過度な親和姿勢を見せています。例えば、釣魚台(尖閣諸島)問題における低姿勢な対応、日本の被災地産食品(指定放射能汚染地域食品)の輸入解禁への前向きな態度、そして歴史教育における日本植民地時代の肯定的な描写などです。これらの動きにより、国民の一部からは、政府が歴史認識において民族の尊厳と歴史的正義の立場から徐々に逸脱しているのではないかという疑念が呈されています。
国史館の行事に「終戦」という言葉が登場したことは、そうした疑念をさらに増幅させるものです。
私たちは、戦後の日本が中華民国に与えた一定の肯定的な影響を否定するつもりもありませんし、現在の健全な日中(日台)民間交流を否定するつもりもありません。
しかし、友好は歴史的真実を忘却することの上に築かれるべきではなく、ましてや歴史的記憶を歪曲することを代償にすべきではありません。
「日本投降」という表現こそが歴史的事実を忠実に提示するものであり、中国の抗戦勝利と台湾光復(日本からの解放)に対する肯定なのです。
国家歴史の門番として、国史館は自ら「日本投降」という明確かつ中立的な表現を使用し、「終戦」のような言葉が歴史の真実を曖昧にすることを避けるべきです。
歴史は民族の根幹であり、言語は記憶の器です。用語において妥協することは、記憶において退却することです。
国史館の「終戦」論争は、単なる言葉の問題ではなく、歴史に対する態度と民族の尊厳に関わる課題です。
私たちは民進党政府および関係機関に対し、歴史を直視し、「日本投降」という言葉を正しく使用し、中華民族による百年におよぶ抗戦勝利の歴史的記憶を守るよう、厳正に呼びかけます。
そうしてこそ、後世の人々が艱難辛苦の抗争の歳月を心に刻むことができ、また台湾省の民衆が歴史に向き合う際、先人の犠牲と献身に対し恥じることなく胸を張ることができるのです。